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「熊本城下町の職と食についての講演を聴く・・」・・熊商有志の会例会

2019年4月19日(金)

 熊商有志の会(廣瀬哲生代表幹事)は4月18日夜、熊本市中央区の三井ガーデンホテル熊本で4月例会を開き、熊本市博物館の福西大輔学芸員から「熊本城下町の職と食」と題する講演を聴いた。
  正観寺丸宝(松風本舗)の野口征治郎会長、マツダ商事の松田和彦社長、竹永秀幸オフィス・タケナガ社長、吉本國勝元熊本信金理事長、豊島政吉(株)豊島会長、高田陽太郎高田商会会長、上田博仁・博栄堂印房社長ら21人が出席した。毛利秀士熊商同窓会事務局長の挨拶のあと、熊本市博物館の福西大輔学芸員は「熊本は九州の真ん中にあり、阿蘇氏の誕生以来、南北朝の菊池氏の勢力、そして加藤家、細川家と続き、熊本は”大国の扱いを受けてきた」と語り、「明治期の陸軍六師団(前身は熊本鎮台)の誕生で、熊本は大陸進出の拠点となり、軍都となった。そして、新町界隈には商人、職人が集まり、軍都を支えた。職人は主に鍛冶屋、大工、左官、たたら師、畳職人など。変わったところでは、箔押し職人もいた。これは酒瓶のラベル貼る職人のこと。もう一つは食文化。熊本には殿さま由来の食べ物が多い。馬刺し、からし蓮根、朝鮮飴など。馬刺しは清正が朝鮮・蔚山籠城戦で食べ物が亡くなり、愛馬を食べて飢えをしのいだことから生まれたという説がある。からし蓮根は細川忠利が病弱だったので、造血剤としてからし蓮根を食べさせたことで始まったといわれる。それに熊本には和菓子がある。和菓子は茶の文化と共に発展した。特に細川家の肥後古流と共に広がった。和菓子は西南戦争以降では、軍人相手の花街で多く消費された。娼妓、芸妓の役割、それに検番、料亭の存在が大きかったといわれる」などと説明した。
 講演のあと、松岡泰輔の音頭で乾杯・懇談した。

福西大輔学芸員(左)の講演を聴く熊商有志の会員
「熊本の城下町は職と食で栄えた」と語る福西学芸員
「有意義な会にしたい」と挨拶する毛利秀士事務局長
グラスを合わせ、乾杯する熊商有志の会会員
「一新まちづくりの会から5人が参加」と橋本醤油社長
「谷尾崎に住んでいます。39歳です」と北川はじめ市議
「お陰で甲佐町の議員になりました」と甲斐良二さん
「熊商・八代同窓会の近況」を説明する豊島政吉会長